1年って早いなぁ、と日々思うのである。
"光陰矢の如し"とはよく言ったもので。
1週間が経つと、今週も早かったなぁ、と思い。
1ヶ月が経つと、今月も瞬く間、と思い。
1年が経つと、早すぎて焦る、のである。
(それでもなお、職場のくだらない会議が長く感じるのは何故でしょう?)
(愚痴を続けると、主催者だけがその会議に意義を感じているのだから困ったもの)
昔と比べると、云々、との話があって。
大人の6年間と、小学生時代の6年間はスピード感が違うような気がするのは、確かにその通り。
僕はもう31歳の良い大人で、
1年は早いものであると、日々思うのであり。
それは、ただ単純に、日々に慣れた(出勤して自宅に帰る日々)結果であると思っていたのだが。
決して、それだけではないらしい。
なるほどなぁ、と思ったので紹介する。
紹介する本は、「動的平衡」
福岡伸一さん
動的平衡については、過去にも紹介をしている。
歳をとると、時間の経過が早く感じるのは何故か?
(もちろん、上記のように日々に慣れた事もあるのだろうけど)
一因として、体内時計のずれ、が指摘できるそうである。
体内時計については説明するまでもない。
規則正しく生活をしていれば、夜は眠くなるもの、との当たり前に思える人体の仕組み、である。
体内時計のメカニズム、とはイマイチ完全に説明がつかないらしいのだが。
その仕組みは、主に、たんぱく質の分解と合成のメカニズムによるらしい。
いわゆる新陳代謝である。
ただ、その点については、今回で紹介は避ける。
ポイントは、
新陳代謝とは徐々にスピード感が失われるものである、との事。
言い換えるなら、
我々は歳を取るごとに、
時間の流れよりも、新陳代謝(自分の細胞の入れ替わり)が遅くなっている、のである。
体内時計とは、
なので、なにが起きるか?と言うと。
新陳代謝のサイクルが遅くなる=体内時計のスピード感が遅くなる。
つまりは、自分ではそんなに時が経っていないように思える(体内時計の進みが時の流れに対して遅いのだから当然)のが基本になるので、
相対的に月日が経つのが早く思えるのである。
例えば、新幹線に乗っている時に道路を走る車が遅く見えるのと同じ原理である。
僕自身、月日が早く感じるのは、単純に感動する気持ちが薄れたため(新しく体験することが少なくなった)と思っていたが。
必ずしも、そうではないとの点に、少々安心である。