何かを喪った時、
それは瞬間的に貴方を追い込むものではない。
じわじわと真綿で首を絞められるかのように、
段々と心を削り取っていくものである。
削り取られたものに気づく時、
既に喪われたものは手の届かない世界に息づいている。
その大きさは喪ってから初めて知るものである。
人が人に恋をして、
その恋が終わる瞬間は突然に訪れる。
だけど、終わった事を認識する瞬間は、
ふとした心の間隙を縫う意図しない侵食である。
目を離した隙に溢れてしまったお風呂の水のように、
心に溢れ出た感情は抑えられる事がない。
さがしもの
その中の一編。
”彼と私の本棚”
を読んだ時にそんな事を思った。
僕自身が、
ふと思った時について語るならば、
昔の恋人の好きだった料理とか、
そんなものに意図せず触れた時、
感情的に押し殺していた、喪ったものへの哀愁を感じる。
それは後悔とか、過去に戻りたいとか、といった感情ではないのだけれど、
一瞬でも愛した者への寄り添いたい気持ちが、確かに存在する。
”彼と私の本棚”
は恋人が別れた話である。
その恋人と別れる作業の途中で、
本棚をめぐって回想をする話なのだけれど。
僕は、この主人公が回想をするきっかけに対してたまらなく感情移入をしてしまった。
角田光代さんが紡ぐ言葉は、心に寄り添う。