映画「ゴーンガール」
ランニング中に水を飲むため公園に寄った時の話。
平日。秋は夕暮れ、気持ちいい気候。
ランドセルを背負う女の子が2人でブランコに座っていた。
赤 or 黒 で限定されぬランドセルの色に世代を感じながら、"ふむ。いい風景である"と一人ほっこりする。
"きゃきゃ"と何やら話しが盛り上がっている。
無邪気な少女たちにとっては公園がスターバックス代わりであろうか。
"ほう、後学のため若い世代の声を聞いておくか・・・"と自分を正当化して当然の権利を主張するかの如く立ち聞きを試みる。
・・・
小学生A「そうだよね〜、絶対そうだよ〜」
小学生B 「やっぱりそうよね!」
・・・
どうやら、彼女たちの中で満場一致の結論が出されたようである。
ふむふむ。
議論の結果、友情は守られたか、良き良き。
実にかわいいもんだ、と思っていたら。
・・・
小学生B「そうだよね!やっぱり男は金よね〜」
小学生A "力強い首肯"
小学生B "ニヤリ"
・・・
・・・
暗転。
そして、戦慄。
無邪気な少女が公園で遊んでいるイメージは崩れ去る。
これが、ネクストジェネレーションの価値観。資本主義の申し子か。
この気分を擬音で表現するなら"ぎょぎょぎょ"である。
一撃必殺、霧散する幻想少女像。
大人しくセーラームーンの話し(古い?)でもしていてくれれば良かったのに。
清々しくプリキュアごっこ(古い?)でもしてくればいいのに。
などと思いながら、公園を去る。
価値観は十人十色、且つ、生き方は自由。
経済的な理由から夫を選ぶ事が悪い事ではない、とは思う。
結婚が打算的なものであっても不思議ではないし、僕自身そこまで理想主義者ではない。
ただ、何となく居心地の悪い気持ち、無理やり小さい段ボール箱に押し込められたような気分になった事は覚えている。
男を道具として考える感じがざらりとしていたからであろう。
「ゴーンガール」たる映画を紹介しようと思い、関係のないエピソードから始めたのには理由がある。
①あらすじを知らずに観て欲しいため。
②鑑賞後の感想が、この公園のエピソードに近いものであったから、である。
まぁさ、騙されたと思って観てみてよ、の一言に尽きる。
絶対におもしろいからさ。
そんなわけで、映画に対する一切の説明を省く。
ただし、"公園のエピソード"にかなり強いサイコ的な要素が加わる。
必要以上にサイコだから気をつけて。
監督はデヴィッド・フィンチャー。
「セブン」「ファイト・クラブ」「ドラゴンタトゥーの女」の監督と言えば、サイコ感が伝わるであろうか。
ちなみに、独身成人男性が「ゴーンガール」を観た最も一般的な感想は。
①「結婚って怖え」
②「女って怖え」
だと思う。
結婚願望は"プシュー"と音を立てて無くなってしまう。
まるで、風船に針を刺したみたいにね。
もし、あなたが何処ぞの家の長男で。
「結婚はまだぁ?早く孫の顔がみたいわぁ。」なんて両親から迫られており、困っているとしたら。この映画を観せてあげて下さい。
鑑賞後、「焦らなくてもいいからね・・・いい人を見つけなさい。」と言ってくれるに違いない。
逆に、女の人の目線ではどうなのだろう?とは思うけれど。
この辺りが議論の余地がある所。
正直、ネタバレありで語り合いたい。
悔やまれるのは、本作品をDVDで観た事。
ああ、映画館で観たかった、と思える作品であった。
(ちなみに、これは僕の中で映画に対する最高の賛辞である。)