飽きない庶民の味が小説になりました。「カレーライスの唄」
素朴である。
実に、素朴であり、純。
食品添加物を一切使わず、無農薬野菜のみで肉じゃがを作ってみました、みたいな感じである。
ストーリーのみならず、登場人物もまた純。
それゆえに飽きがこない。
本書よりも華やかで、劇的な本はいくらでもあるだろう。
だが、僕はこの本がたまらなく好きになった。
「カレーライスの唄」
カレーライスは、晩飯に食べ、且つ、次の朝飯も食べるがよし。
一晩置くと、より味わい深くなる事だってある。
飽きず、常に側にある事で安心するかのような。
本書の魅力も、カレーライスに通ずるものあり。
題名が「カレーライスの唄」なので連想によるものかもしれないが。
50年前の作品であるがゆえか?
良き香りがする。
具体的に言うと、良き昭和の香り。
昭和の良き香り、とは実に曖昧な言葉であると思うが、ニュアンスは伝わる。
そこそこの分厚さである本だが、読んでいて飽きぬ。
それもそのはず。
新聞連載の小説であるとの事。
毎日、読みたくなるようなテンポの良さはここに由来する。
あらすじを引用。
会社倒産で職を失った六助と千鶴子。
他人に使われるのはもう懲り懲り。
そこで思いついたのが、美味しいカレーライスの店。
若い二人は、開業の夢を実現できるのやら?そして恋の行方は?
邪魔する奴もいれば、助けてくれる人もいる。
夢と希望のスパイスがたっぷり詰まった、極上エンタメ小説!食通で知られた、文豪・阿川弘之が腕を振るった傑作!
実は、だいぶベタなストーリー展開である。
六助と千鶴子の恋物語。
ただし、素朴さが溢れ出ている。
ジャガイモとニンジンがカップルになったかのような感じ。
素材の味が生きています。
六助と千鶴子はある出版社に勤めていたのだが、倒産し職を失う。
そこから、そうだ!カレーライスの店を作ろう!みたいな形で話が進んでいくのだが。
・・・
いかんせん、二人ともシャイである。
色々と思いながらも、なかなか本音を言い出せない二人。
同じ思いを抱きながら、トントン拍子に話は進まない。
読み手からすると、これが実に焦れったい。
だが、この些細なやり取りに心踊る。
繰り返すが、本書は50年以上前の小説である。
当然、スマホなんてものは存在しない。
六郎と千鶴子のやり取りは手紙である。このレトロ感が堪らない。
手紙を読んでいない事を知らずに、悶々としてみたり。
なぜ、返事がこないのか?と怒ってみたり。
昭和ノスタルジーを感じる作品である。
昭和の雰囲気が人工的に作られたのではなく。
滲み出ているような感じだ。
ストーリーが若干、予定調和気味である事もご愛嬌。
本書の舞台は神田 神保町の辺りである。
雰囲気が重なる部分あり。
とても心地よい気分になれた。
なお、本書。
ジャケットが魅力のためにジャケ買い。
神保町の本屋で出会う。
本屋はこういう出会いが良きかな。