二人だけの世界が永遠に続くなら。
それは、無垢で、美しい世界であり続けただろうか。
ただ、永遠の雪景色は存在せず、いつか溶ける。
染まらない白色も実在せず、何かに染まる。
・・・
その優しくて無垢な細やかな世界が、
守られる事をどれほど望むか。
僕とコジマの友情は永遠に続くはずだった。
もし彼らが僕たちを放っておいてくれたなら
「ヘヴン」
“わたしたちは仲間です”―十四歳のある日、同級生からの苛めに耐える“僕”は、差出人不明の手紙を受け取る。
苛められる者同士が育んだ密やかで無垢な関係はしかし、奇妙に変容していく。葛藤の末に選んだ世界で、僕が見たものとは。
善悪や強弱といった価値観の根源を問い、圧倒的な反響を得た著者の新境地。
本作は、
苛められる男の子である14歳の僕と、
同じく苛められている女の子であるコジマの物語である。
書き出しを引用する。
四月が終わりかけるある日、ふで箱をあけてみると鉛筆と鉛筆のあいだに立つようにして、小さく折りたたまれた紙が入っていた。
ひろげてみるとシャープペンシルで、
<わたしたちは仲間です>
と書かれてあった。
うすい筆跡で魚の小骨みたいな字で、そのほかにはなにも書かれていなかった。
これは、コジマから僕へと向けられたメッセージであり、
物語の始まりでもある。
この書き出しに引き寄せられる。
川上未映子さんの言葉を選ぶ繊細さが好きである。
苛め描写は正直、心地よいものではない。
苛めとは、
人が本質的に抱えている闇の部分だと思う。
人間の深淵は極端だ。
限りなく柔らかい羽毛の欠片のように優しくなれる時もあれば、
大理石のように冷たくて堅くなれる時もある。
人の心は、
どうしてこうも不変的でないのだろうか。
漆黒の黒い存在が悪であるならば、
純真な白い存在が善であるならば、
僕たちはもっと楽に生きられるはずなのだけれど。
僕らの生きている世界はそんな単純ではない。
白と黒が混ざって、
灰色になっているけれど、
ある角度から見たら白くて、
真正面に捉えたら黒いから、
僕らは世界に対して混乱する。
戸惑って、何かを喪って。
そして、再生して揺るぎのない芯を得る。
そういう世界だから美しさを感じる。
何が善で
何が悪なのか。
誰が強く
誰が弱いのか。
川上未映子さん初の長編小説。
吟味された言葉が紡ぐ物語は重い。
浮遊していた物質が、時を経て、ビーカーの底に沈殿するかのように、
貴方の心に残るものがある。
ぼやけていて、掴めない何かなのだけれど、
実体として確実に存在している何かが。
意欲的な作品。
著者のフルスイングに対して、
読者は、深く共鳴する音叉のように、
心の水底が揺さぶられる。
それは、湖に投げられた一石のように、
心の表層に波をたてる。