のらねこ日記

読書、映画、考え事など。色々なテーマを扱える人になりたいです。

「ヘヴン」川上未映子さん初の長編小説。

二人だけの世界が永遠に続くなら。

それは、無垢で、美しい世界であり続けただろうか。

ただ、永遠の雪景色は存在せず、いつか溶ける。

染まらない白色も実在せず、何かに染まる。

・・・

その優しくて無垢な細やかな世界が、

守られる事をどれほど望むか。

 

僕とコジマの友情は永遠に続くはずだった。

もし彼らが僕たちを放っておいてくれたなら

 

「ヘヴン」

川上未映子

f:id:anfield17:20200816234848j:image

 

“わたしたちは仲間です”―十四歳のある日、同級生からの苛めに耐える“僕”は、差出人不明の手紙を受け取る。

苛められる者同士が育んだ密やかで無垢な関係はしかし、奇妙に変容していく。葛藤の末に選んだ世界で、僕が見たものとは。

善悪や強弱といった価値観の根源を問い、圧倒的な反響を得た著者の新境地。

芸術選奨文部科学大臣新人賞・紫式部文学賞ダブル受賞。

 

本作は、

苛められる男の子である14歳の僕と、

同じく苛められている女の子であるコジマの物語である。

 

書き出しを引用する。

四月が終わりかけるある日、ふで箱をあけてみると鉛筆と鉛筆のあいだに立つようにして、小さく折りたたまれた紙が入っていた。

ひろげてみるとシャープペンシルで、

<わたしたちは仲間です>

と書かれてあった。

うすい筆跡で魚の小骨みたいな字で、そのほかにはなにも書かれていなかった。

 

これは、コジマから僕へと向けられたメッセージであり、

物語の始まりでもある。

 

この書き出しに引き寄せられる。

川上未映子さんの言葉を選ぶ繊細さが好きである。

 

苛め描写は正直、心地よいものではない。

苛めとは、

人が本質的に抱えている闇の部分だと思う。

人間の深淵は極端だ。

限りなく柔らかい羽毛の欠片のように優しくなれる時もあれば、

大理石のように冷たくて堅くなれる時もある。

 

人の心は、

どうしてこうも不変的でないのだろうか。

 

漆黒の黒い存在が悪であるならば、

純真な白い存在が善であるならば、

僕たちはもっと楽に生きられるはずなのだけれど。

僕らの生きている世界はそんな単純ではない。

 

白と黒が混ざって、

灰色になっているけれど、

ある角度から見たら白くて、

真正面に捉えたら黒いから、

僕らは世界に対して混乱する。

戸惑って、何かを喪って。

そして、再生して揺るぎのない芯を得る。

そういう世界だから美しさを感じる。

 

何が善で

何が悪なのか。

誰が強く

誰が弱いのか。

 

川上未映子さん初の長編小説。

吟味された言葉が紡ぐ物語は重い。

浮遊していた物質が、時を経て、ビーカーの底に沈殿するかのように、

貴方の心に残るものがある。

ぼやけていて、掴めない何かなのだけれど、

実体として確実に存在している何かが。

 

意欲的な作品。

著者のフルスイングに対して、

読者は、深く共鳴する音叉のように、

心の水底が揺さぶられる。

それは、湖に投げられた一石のように、

心の表層に波をたてる。