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のらねこ日記

読書、映画、考え事など。色々なテーマを扱える人になりたいです。

独り暮らしに関する考察。

独り暮らしを始めたんですよ。

これが2016年の主な出来事である。

気づけばもう5ヶ月目になろうとしている。

振り返るには充分。

ここはいっちょ思う所を綴ろうではないか。

 

先に、僕自身の話をすると。

実家暮らしは実に快適であった。

特に、両親とも仲が良く。

父親と酒を飲んだり、母親と映画の話をしたり。

野良猫が住み着いていたので遊んだり。

幸せ、とはまさにこの事。

と、言うわけで、実家暮らしに全く不満はなく。

 

ではなぜ?

今思えば、自主的に革命を起こしたかったからであろう。

(大げさなのは重々承知)

何か変えなきゃなぁ、と漠然と思っていた。

人生は、何か変えなきゃなぁ、の連続であるとすら思う。

そんな僕にとって、独り暮らしとは、割と行動に移しやすかった。

 

僕自身、実に安定志向の人間である。

確固たる四足歩行で歩いている。

例えるなら、亀。

土台をこよなく愛す。

雨降って地が凍りつき。

石橋を叩いて壊すタイプの手堅い男である。

一世一代のギャンブルなんて言葉は吾輩の辞書にはございません。

 

そんな僕であるが、このままで良いのかしらん、と漠然と思い。

すわ!!!との勢いで電撃的に独り暮らしを始めた。

この時は、人生で最も"思い立ったら吉日"を体現していたと思う。

職場の同僚が口を揃えて・・・

"本当にやるとは思わなかった。"と。

構想から実現までが、僕史上異例の速さ。

亀とウサギの話でいう、"ウサギが最初から最後まで全力疾走しました"みたいな速さであった。

言いだしてから2ヶ月程度でゴールイン。

 

確かに、面倒な事、多々ありて。

ただ、やってみれば、面白いことの方が多かった。

土地を見極め、家を探し、住む。

家具を選び、各種手続きをして、土地を知る。

一つ一つのプロセスが、我が血肉となり刺激となった。

 

僕は独り暮らし至上主義ではない。

実家暮らしで満足できているならば、無理に独り暮らしはしなくて良いと思う。

ただ、独り暮らしを始めて後悔はしない、と思う。

 

確かに寂しい時もある。

信じられぬ程の孤立感。

木彫りのクマぐらい躍動感溢れて浮き彫りになった孤独。

土日に予定がないと言葉を発しません。

夜な夜な焼酎"100年の孤独"でも飲みたい気分。

(4分の1程度しか生きてないけど)

 

ゾンビの如く湧き出てくる家事の数々。

皿洗い→料理からの皿洗いリターンズ→掃除→洗濯からの洗濯機の掃除。

家事は輪廻転生である、と悟った。

終わりがない。

(解脱するには、結婚しかない!!!!)

これをやってくれていた母親、サンキューです。

 

ただ、そんなことよりも。

僕は、無条件に一緒に居てくれた家族にありがたみを感じた。

何度か家に友人を招いたりしたけど。

彼らは一様に遊びに来ただけである。

 

家族って、無条件に一緒に居てくれる。

故に、大切なものなのだと気付いた。

 

独り暮らしによって失われた"ただいま、おはよう、おかえり、おやすみ"

もう5ヶ月ぐらい言っていない言葉たち。

(正確には、言った事もあるけどね〜)

再び僕の元に帰って来て欲しいなぁ。

 

※独り暮らしの孤独に関する考察になってしまった。そのうち楽しみの部分も綴りたい。

 

話題作 「シンゴジラ」"映画自体の思い出"と"観終えた後に各シーンへのツッコミを肴に酒を煽った"のが同等に思い出深い。

持論であるが。

話題作ってのは、本作が面白かろうが、つまらなかろうが、観る価値がある。

僕自身は、時の潮流に乗るタイプの人間ではないのだけど。

面白いかどうか?は自分の目で判断したい。

 

それにしても、話題作は、斜に構えてしまうから大変。

"みんなは絶賛しているみたいだけど、何が面白いのかわからない"と語る事がカッコイイと思う感じ、の事である。

・・・

これ、自分で語っていると実に気持ち良いのだが。

他の人が語っているのを見ると冷めてしまう。

俺は着眼点が違うぜ。(へへっ、カッコいいだろ)

とのナルシズムが溶け込んだ文章 or 語り口ってのは、実に気持ちが悪い。

 

大切なのは、語り口がカッコいいか、ではなく。

素直にどう感じたかを文章にする事。

自分自身の戒めである。

 

前置きが長くなったが。

2016年の映画界における話題作といえば、「君の名は。」と「シンゴジラ」である。

僕自身は両方の作品を観て、実に良き感想を持った。

 

今回は「シンゴジラ」について。

この映画、僕が観に行ったが、2016年11月。

まだやってたんだ!行くしかない!と思い、友人を誘って突撃した。

 

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結果的には、友人と観に行って良かった。

何故か?

ツッコミどころが満載だから、である。

"映画自体の思い出"と"観終えた後に各シーンへのツッコミを肴に酒を煽った"のが同等に思い出深い

(素直に名作だと考えている人たちごめんなさい!!!)

 

酔った我々は、最終的にはもはやコメディ、との結論に達した。

 

ただ、全てがコメディなわけではない。

 

ゴジラの破壊シーンは神々しさすら感じ。

東京に壊滅的な打撃を与えたゴジラが佇む時には言葉を失う。

心の中で「うお・・・・」と呟きたくなる。

ハンマーで頭をドカンと殴られたような衝撃を受ける。

(人によっては泣いてしまった、との話も聞く。)

暴力性の究極を通り越した超越的な存在であるゴジラが、もはや美しさすら感じるように描かれる。

このシーンを観るだけでも、映画館に行く価値がある、と断言する。

 

描きたい構図は明確。

オタオタする政府。

その中で頑張ろう日本!が台頭する。

世界各国を含めて非情な決断が下される中、ニッポンの底力見せてやろうじゃないか!!!的な話の流れ。

(この展開は人によって寒く感じると思う。)

 

そこから先のニッポン総力戦は見もの。

特に気に入ったのは、ゴジラに対して爆弾を詰め込んだ電車が突撃するシーン。

※失念していたが、調べたら"無人在来線爆弾"との言葉があるみたい

 

ゴジラに対して、各在来線が爆弾を背負って突撃するのである。

このシーンが秀逸。

わざわざ京浜東北線から山手線・・・

各在来線を丁寧に揃えているバカバカしさ。

 

そんなシンゴジラであるが。

個人的には自衛隊の描かれ方が興味深く。

おそらく、徹底した調査の上で描かれたのだろう、と思わせる。

 

もしも、こんな事が本当に起きたなら?

自衛隊はこうなるのかな?

との視点で唸らされた。

(本当かどうかは知らないが)リアリティがある。

 

子供目線では、会議シーン/早口のセリフが多く。

ゴジラがドンパチやる事だけを目的のお子さん大丈夫??

大人目線では、主人公格のキャラぶれ感。

(なんの描写もなくいい奴キャラになる。しかも、キャラ自体が寒い。)

等。

気になる点はあるのだが、補って余りある魅力あり。

 

本作を観て、ハッと思ったのは。

人の死が描かれた作品ではない事。

当然、ゴジラの破壊によって大勢の人が死んでいるのだろうけど。

あくまで鳥瞰的に描かれる。

個人に寄り添った死を感じるようなシーンがない。

故に、かわいそうだ、との感情が湧かないのである。

 

テレビで知る世界と現実の乖離、なんて使い古された言葉だけど。

改めて、描かれ方によって印象が異なるものであると、思った。

自分の胸の内にある感情と重なる。

 

結論。

「シンゴジラ」は、映画のエンターテイメント性を見事に体現した作品である。

話題になってしかるべきだと思う。

 

映画「この世界の片隅に」

本当に大切なものを前に言葉を失う時がある。

言葉にすると大切なものが溶けてしまうような感覚。

自分の外に出す事で、漏れてしまうかのような・・・。

 

とある映画を観て、昔の出来事を思い出した。

 

昔、ランニングをしていたら、たまたまホタルを見かけた。

僕は、ホタルを探していたわけではなく。

ただ一心不乱に走っていただけ。

なんとなく川沿いを走っていた時に見つけた、ほんのりと灯る光との邂逅。

そんな思いがけない偶然の灯火は、とてもとても綺麗だった。

美しくて綺麗だった。

 

この話。

なんとなく、胸の内に秘めた。

自分だけのお気に入りの風景を言葉で説明できる気はしなかったし。

何より、自分の内側に留めて起きたかったのである。

大切なものを宝箱の中に隠す子供のように。

 

そんな思いが重なる作品。

 

映画「この世界の片隅に

 

今年、出逢った映画の中で一番大切にしたい。

いや、人生の中でも・・・。

素直にそう思えた映画。

こんな素敵な映画に出逢えるから、映画館に行くんだよ。

 

konosekai.jp

 

www.youtube.com

 

大切な映画を自分の言葉で説明するのは、ある種の緊張がある。

よって僕は酒の勢いを借りて、この文章を書いている。

とにかく観てよ!!!と言いたい気持ちを抑え。

なんとか映画の魅力が伝わると良いのだけど。

 

映画の舞台は広島の呉。

そこで、生きる女性のすずさんの人生を描く。

時代は昭和。

日本が戦争をしていた頃の話である。

 

主人公のすずさんは、ぼーっとしている人物で。

時々、抜けている所がある。

ドジっ子と言いますか。

健気、との言葉が似合う。

実に、可愛らしい女性である。

 

平和なシーンが続く。

戦争をテーマとした映画だが。

描かれるのはすずさんの人生である。

一人の健気な女性が生きる姿が描かれる。

 

戦争反対とか。

戦争が残酷であるとか。

そういう描かれ方ではない。

日常の積み重ね。

なんでもいい。

恋人におはようと言った朝でも。

家族にただいまと言った夜でも。

描かれるのは日常であり。

幸せの風景である。

 一人の女性の人生である。

 

「みんなが笑って暮らせるのがええ」

劇中のセリフが胸に沁みる。

戦時中に笑って暮らそうとする人々の姿を描いた映画だ。

 

ただ、昭和20年。1945年。

その時に広島で何が起きたかを、我々は知っている。

そして、物語は着々と1945年に向けて進む。

 

戦争をテーマとした、お涙頂戴の話とは様相が異なる。

 

超満員だった映画館。

(結構、久しぶりの体験であった。全席埋まっている映画館の雰囲気が好き。)

所々のシーンで映画館が笑い声に包まれる。

観客の中に、幸せが共有される。

その笑い声は"すずさんを大切に思う観客の心"を表してた。

薄暗い映画館の中に暖かく明るい空気が生まれる。

優しい絵、声が積み重なり、儚い幸せが紡がれていく。

・・・

そして、観客は気づく。

紡がれた幸せの時間と対極に戦争が存在している、と。

故に、反戦のメッセージが染み渡るようにして心を震わせるのだ。

 

優しい世界観が秀逸。

音楽も素晴らしい。

いい映画だったなぁ、と心から思う。

漫画「喰う寝るふたり住むふたり」

「喰う寝るふたり住むふたり」

日暮キノコ

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珍しく漫画を取り上げる。

全5巻。読み切り感があるのが良い。

 

同棲をする男女を描いた作品である。

それも、交際10年、同棲生活8年目・・・

それでいて、未婚!!!

 

ここがポイント。

つまり、もうずっと一緒にいるのが当たり前のようで。

且つ、まぁ、今更、結婚しなくても・・・

と言いつつも、そろそろ結婚しなければ、と思っているような二人。

 

引用する。

町田りつ子と野々山修一は交際10年、同棲生活8年目。
恋人以上、夫婦未満の三十路直前カップル。
そんなふたりに起こるちょっとした日常を
男女両方の視点から描いた恋愛ザッピングストーリー。

 

僕の知人で同様のパターンを知っている。

その方々は、"親が結婚に乗り気ではない"が障壁になっていたとか。

最終的に、風の噂で別れたとの事・・・。

人生色々。

様々な人がいるもんだ、と思いつつ。

高校から社会人まで10年ほど、一緒に居て・・・それでいて別れたとの結果に結構な衝撃を受けたものである。

正直、自分だったら、"震えが止まらない"だろうなぁ。

 

ただ、男女の仲は別れる時はあっけないもの。

離婚だって紙切れ一枚で成立します。

決して壊れない愛情だと思っていたら、案外、湯葉ぐらい脆いものでした。

皆々さま、身に沁みて感じていらっしゃる事でしょう(涙)

 

さて、本作である「喰う寝るふたり住むふたり」について。

結果どうなるか?は本編を読んでのお楽しみ。

僕は全5巻。

楽しく読み終える事が出来た。

 

思った事を綴る。

 

まず、高校から社会人の時間を共有できるって凄くいい。

青春の時間をリアルタイムに過ごせた人と一緒になるのは理想とすら言える。

 

"思い出の共有化"が深いからであろう。

 

個人的に。

"この二人、幸せそうだなぁ。"と思う瞬間は、"二人だけが笑っている瞬間を目撃した時である。"

例えば、僕自身の話をすると。

いわゆる親友が既に結婚している。

しかも、ありがたい事に夫婦ぐるみの付き合いであるため、親友夫婦 + 私、の組み合わせで飲んだり、遊んだりさせてもらえている。

その時に。

なんでもいいのだけど。

例えば、"鳩を見て、二人が笑っている"とする。

話してみると、"昔、鳩でこんな思い出があるんだ〜"なんて話してくれる。

僕は、"そりゃ、面白い!!!!"なんて返すのだけど。

心の内では、"幸せそうでいいなぁ"と思っているのである。

 

こう定義したらどうだろう。

"二人だけの風景を持っている事は幸せ"

そう。

二人だけの時間、二人だけの空間、二人だけの思い出。

この数が多ければ多いほど・・・

人は幸せになれるのである。

 

そんな着眼点で幸せを考えた時。

「喰う寝るふたり住むふたり」

のふたりは、理想に近い。

だから、心が温まるのである。

(ヒートテックなんかよりよっぽど温まる)

 

もう一点。

男女関係の肝は"すれ違い"である。

と、恋愛マスターどころか、恋愛もやしである、僕が語ってみる。

(どうか納得してください!!!)

※なんとなく考えついた"恋愛もやし"との言葉は、恋愛経験がもやしみたいにひょろひょろしている例えである。

 

そのすれ違いが「喰う寝るふたり住むふたり」では見事に描かれている。

そもそも、構成が。

一つの出来事に対して、"男の目線/女の目線"で1話ずつ描かれる方式なのである。

あの時、男は/女は、こう思っていた!!!

ふむふむ、なるほど。

そして、ビールを片手に"わかるわぁ〜"と唸りたくなるに違いない。

 

恋愛前/恋愛中/恋愛成就/同棲中/結婚済み

いずれの人でも楽しめる。

絵も好きです。

よき漫画なり。

 

追伸

もし、今の僕が高校生時代の僕にアドバイスするならば、全力で恋愛しろ!!!と言いたくなった。

 

 

「キネマの神様」原田マハ

"この小説を読み終わると、映画館に行きたくなります。"

これは一つの小説を例える上で、最大の賛辞ではなかろうか。

映画館に行きたくなる小説。

もしくは、映画が好きになる小説。

大げさではなく。

本の最後のページを読み終わった瞬間に、映画館へ足を向けたくなる。

この事だけで、充分本書の魅力を語れている、と思っている。

 

あまりつべこべ語るとイメージも湧きづらいに違いない。

シンプルな言葉の方が胸に届く事もある。

もう一度、繰り返す。

"この小説を読み終わると、映画館に行きたくなります。"

 

映画を愛する人たちの話。

シンプルなメッセージはスッと心に染み入るもの。

 

「キネマの神様」

原田マハ

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僕自身も映画館は好きである。

 

作中。

「人間が人間である限り、決して映画館が滅びることはない」

との言葉がでてくる。

人間は娯楽を求める生き物で。

映画館は娯楽を追い求めた結晶のようなものだ。

 

断言してもいい。

僕は家のTVでは、映画館のような感動は得られない。

ましてやスマホなんてもってのほか。

映画館には力がある。

わざわざ居心地の良い家を出て、お金を払ってまで映画館に引き寄せられる力が。

その力を小説として見事に描いた作品が、「キネマの神様」である。

 

ストーリーを引用。

 39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。

ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語。

 

映画にノスタルジーを感じるのは僕の世代までだろうか。

 

映画には色々な思い出があって。

友達と、恋人と・・・

今もなお、思い出は増えていくが。

どうも映画と言われて思い出すのは。

親に連れられて、初めて映画館で映画を観た「ジュラシックパーク」だったりするんだよなぁ。

あれは、映画館に足を運んだが故、である。

 

そんなわけで、映画×家族は相性がいいと思う。

 

映画?

DVDレンタルすればいいじゃん!

安いし、楽だしさ〜

・・・まぁまぁ、そう言わずに映画館に行きましょうよ。

 

さて、最後に、本書。

冒頭が秀逸であると思うため、引用する。

僕は冒頭の文章により吸い込まれた。

原田マハさんの言葉が好き。

 

暗闇の中にエンドロールが流れている。

ごく静かな、吐息のようなピアノの調べ。真っ黒な画面に、遠くで瞬く星さながらに白い文字が現れては消えていく。

観るたびに思う。映画は旅なのだと。

幕開けとともに一瞬にして観るものを別世界へ連れ出してしまう。名画とはそういうものではないか。そして、エンドロールは旅の終着駅。訪れた先々を、出逢った人々を懐かしむ追想の場所だ。だから長くたっていい。それだけじっくりと、思い出に浸れるのだから。

 最後の一文が消え去ったとき、旅の余韻を損なわないように、劇場内の明かりはできるだけやわらかく、さりげなく点るのがいい。

座席も通路も、適度な高さと角度。ドアや幕は、落ち着いたデザインで。劇場のすべてが帰ってきた旅人を暖かく迎え入れるように。

 

 

こんな言葉から始まる素敵な映画の小説。

くどいようだが。

"この小説を読み終わると、映画館に行きたくなります。"

おすすめできる本である。

 

映画 「怒り」 信じるとは、苦しい事

"信じる"とは、とても辛い事だと思う。

"信じる"とは、苦しくて重い・・・。

誰かを本気で信じた事があるか?

たとえ、何があっても、受け入れられるような。

そんな風に人を信じた事があるだろうか?

・・・

この映画を観て、そんな事を思った。

 

「怒り」

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吉田修一の原作を映画化した「悪人」で国内外で高い評価を得た李相日監督が、再び吉田原作の小説を映画化した群像ミステリードラマ。

名実ともに日本を代表する名優・渡辺謙を主演に、森山未來松山ケンイチ広瀬すず綾野剛宮崎あおい妻夫木聡と日本映画界トップクラスの俳優たちが共演。

犯人未逮捕の殺人事件から1年後、千葉、東京、沖縄という3つの場所に、それぞれ前歴不詳の男が現れたことから巻き起こるドラマを描いた。

東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。

犯人は現場に「怒」という血文字を残し、顔を整形してどこかへ逃亡した。

それから1年後、千葉の漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、東京で大手企業に勤める優馬は街で直人という青年と知り合い、親の事情で沖縄に転校してきた女子高生・泉は、無人島で田中という男と遭遇するが……。

あらすじを引用

 

僕自身は原作を読んで映画を観た。

原作を読んだ人、そうではない人では印象が異なるかもしれない。

 

僕自身が評価するならば。

役者の豪華さ、それを見事にうまく料理した作品、だと感じた。

言うまでもなく、日本を代表する俳優が勢ぞろい。

これで面白くないわけがない、とも考えられるが。

一方で、豪華な食材が並びすぎても満足できない料理があるのも事実。

その点、本作は評価できる。

高級食材を仕入れています、との看板が掲げられたレストランに行き・・・

美味しい料理を食べました。

との感覚。

(それ以上でも、それ以下でもないのも事実だけど)

 

小説を原作通りに描いた映画、について。

僕個人は、小説>映画になる事が多い。

(異論は認める)

大抵・・・

・イメージと違った、やら。

・好きなシーンがカットされていたり。

・描写がしっかりしていなかったり。

等の不満がでるもので。

 

本作は、その類の不満が一切なかった。

ストーリーをある程度は把握しながらも見応えあり。

演出と役者の力だと思う。

 

内容を深く語るのは好ましくないので、思った事を漠然と。

 

本作のテーマは"信"である。

作中の、"信じてたのに"との言葉は重い。

 

自分の事を振り返り。

信じる事の難しさ、苦しさは身に沁みて知っている。

信じていたものを裏切られた時の苦痛は計り知れない。

 

ただ、一つ思う。

信じていたものに裏切られる事よりも、信じるべきものを信じられなかった事の方が苦しいかもしれない。

・自分は信じなければならなかった。

そう気付いた時の悲しみに、自分が同調した時。

僕は心を揺さぶられた。

 

様々な"信"があり、答えがある。

3つの別個のストーリーによって構成される本作の魅力はそこにある。

さよならの握手、残る手の温もり「ツナグ」

もう一度、手をつなぎたい・・・

それが、最後であろうとも。

つないだ手をまた離さなければならないとしても。

最後にもう一度だけ。

さよならの握手・・・

かすかに手の温もりが残る。

そんな風に心に残る小説である。

 

「ツナグ」

辻村深月さん

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一生に一度だけ、死者との再会を叶えてくれるという「使者」。

突然死したアイドルが心の支えだったOL、年老いた母に癌告知出来なかった頑固な息子、親友に抱いた嫉妬心に苛まれる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員…ツナグの仲介のもと再会した生者と死者。

それぞれの想いをかかえた一夜の邂逅は、何をもたらすのだろうか。

心の隅々に染み入る感動の連作長編小説。

 

本書のテーマは。

死者との再会である。

ただし、人生の中で"一度だけ、一人だけ"である。

例えば、亡くなった両親に会いたいと思っても、父 or 母?の究極の選択を迫られる。

どちらか一人しか会えないのだから。

大人版 "お父さんとお母さん、どっちが好き???"である。

 

しかも、一生に一度だけ。

父親に会ってしまったとすると、その後は恋人や母親に会う事はできないのである。

 

また、死者も同じく"一度だけ、一人だけ"しか会えない。

手順としては。

・生者が死者に会いたいとリクエストする。

・死者は受け入れる。

である。

死者は生者のリクエストを"一度だけ、一人だけ"しか受け入れられない。

例えば、死んだ父親が、妻と子供の二人からリクエストを受けたとして。

妻 or 子供のどちらかしか会えないのである。

 

本書を読むと。

誰もが自分だったらどうするだろう?と思うに違いない。

もし、誰か、亡くなった大切な人にもう一度会えるとしたら・・・?

 

本書は、連続短編集である。

死者に再会できるとの設定。

それを仲介する者として存在する使者の存在を中心に物語が進む。

・・・

様々な立場の人が、色々な思いを抱えて。

 

あらすじからそのまま引用する。

・突然死したアイドルが心の支えだったOL

・年老いた母に癌告知出来なかった頑固な息子

・親友に抱いた嫉妬心に苛まれる女子高生

・失踪した婚約者を待ち続ける会社員

 

皆、会う理由は様々である。

十人十色の思い。葛藤。願い。

・・・

"会う事を願った生者"

"その願いを受け止めた死者"

二つの内に秘められた思いが交錯した時、物語が生まれる。

それが、"ツナグ"である。

 

さて、最後に読んでみないと納得いただけないかもしれないが。

"ツナグ"とは一瞬の事であり、一夜の邂逅に過ぎない。

 

故に冒頭。

もう一度、手をつなぎたい・・・

それが、最後であろうとも。

つないだ手をまた離さなければならないとしても。

最後にもう一度だけ。

さよならの握手・・・

かすかに手の温もりが残る。

そんな風に心に残る小説である。

と書いた。

 

僕は、死者との邂逅がさよならの握手である事に心動かされた。

かすかに残った手の温もりを大切に生きていく。

思い出を乗り越えて次に進むとはそういう事なんだろうなぁ・・・。

 

僕のお気に入りは

・失踪した婚約者を待ち続ける会社員の話。

婚約者である日向キラリさんの思いについてである。

 

僕自身、最近の境遇もあってか、心に沁みた。

しばらく辻村深月さんの本を読んでみようと思う。