のらねこ日記

読書、映画、考え事など。色々なテーマを扱える人になりたいです。

「本屋さんのダイアナ」

大好きな人が自分と同じものを好きだった時。

なんでこんなに嬉しい気持ちになるのだろう。

・・・

大好きな人と大好きなものの話をすると。

なんでこんなに幸せな気持ちになるのだろう。

 

ピンク色の装丁にも影響されて。

桜のようにキュートで切ない・・・

だけど、背中を押してくれるような春らしい小説。

(季節感に乗っかりすぎて恐縮だが。)

 

本屋さんのダイアナ

柚木麻子

 

柚木麻子さんの作品は初。

本屋大賞ノミネートなのだから読んでみよう、との動機。

 

あらすじを引用。

私の呪いを解けるのは、私だけ。

「大穴」という名前、金色に染められたパサパサの髪、行方知れずの父親。

自分の全てを否定していた孤独なダイアナに、本の世界と同級生の彩子だけが光を与えてくれた。

正反対の二人は、一瞬で親友になった。

そう、“腹心の友”に―。

少女から大人への輝ける瞬間。

強さと切なさを紡ぐ長編小説。

 

 

"大穴"と書いてダイアナと読む。

名前である。

いわゆるキラキラネーム。

ヒロインである女の子 矢島大穴(ダイアナ)

 

"大穴(ダイアナ)"である。

 

案の定、馬鹿にされる。

ダイアナ、との響きがよくない。

外国人風すぎるのである。

しかも、ダイアナは母親に髪を染められてバサバサの金髪少女である。

・・・

ダイアナ?外国人なの?

え?違うの?(ヒソヒソ)

との展開は誰もが予想する。

 

これは、親を呪う。

 

さて、呪うべき対象の名付け親である母のティアラは・・・

"大穴なんて名前!ラッキーでいいじゃん!”とケラケラしている。

※大穴の由来は競馬の大穴

なお、ティアラの本名は矢島有香子。

シングルマザーでダイアナを育てている彼女はキャバクラで働いており。

ティアラはその源氏名である。

 

ダイアナは自分の境遇にかなり不満を抱いている。

大穴、との名前も、染められた金髪も大嫌い。

とにかく、平凡な名前に生まれたかったと願っている。

 

この名前をいじられる的な幼少期ぐらいのノリは、後々考えれば大した事ではないのだけど。

子ども心にはグサリと刺さる一撃なんだよなぁ・・・。

 

ダイアナは、無類の本好き少女である。

そして、本好きが憧れそうな生活スタイルを夢見る女の子である。

キャバクラ嬢である母ティアラの影響でキラキラデコレーションされたものばかりに囲まれている生活ではなく。

 

つまり、一刻も早く今の環境から抜け出したいと思っている。

そんなダイアナが、ツヤツヤの黒髪で、料理教室を開く母を持つ、彩子と出会う。

ダイアナからすれば、理想の存在。

そして、二人は親友となる。

 

今までの紹介はダイアナの視点で書いたが。

本作は、ダイアナと彩子の主観で順番に語られる物語である。

 

展開はわかりやすいのだけど、ストレートな友情が実に気持ち良い。

春に読むべき一冊。

「鍵のない夢を見る」辻村深月

「鍵のない夢を見る」

辻村深月

 

本作は短編集であり。

その中の一編である「君本家の誘拐」を紹介したい。

 

子を持つ母親の話。

  

手にとっていたヘアゴムを棚に戻し、ふっと横を見るとベビーカーがなかった。

え、と後ろを振り返る。そこにもない。

 との書き出しで物語は始まる。

 

娘の咲良を乗せたベビーカーが突然姿を消す。

平穏なショッピングモールでの出来事。

母親の君本良枝は焦る。

 

最愛の愛娘が忽然と姿を消した。

ベビーカーに乗った咲良は自分では動ける歳ではない。

警備員に相談するも、見つからない。

高まる焦燥。

・・・

・・・

・・・

過ぎる不安。

誘拐?

・・・

・・・

・・・

母の良枝は思う。

咲良を返してください。

あの子のためなら何でもする。

あの子がこのてに無事返ってくるなら何でもする。

絶対にもう二度と、手離したりしません。

大粒の涙がぼたぼたと頬を滴り、スカートの上に落ちた。

 

そこから物語は過去に戻る。

回想の中で、

良枝がずっと子供を欲しいと思っていたか。

娘の咲良がどれほど待ち遠しい存在であったか。

が語られる。

 

その中で少しずつ語られる"微妙なズレ"。

決定的ではない。

だけど、着実に軋む感覚。

 

子育てとはストレスのかかるもので。

僕自身は体験した事がないので慮るしかないが。

周囲のサポートなしには乗り切り難いもの。

子育てのストレスが良枝の中で歪みに変わっていく。

 

巧いと思うのは。

感情的なズレを読者には感じさせるも。

登場人物の心理描写としては描かない点。

故に、軋みは読者の中に残る。歪みとしてはっきりと認識する。

 

短編集のタイトルである「鍵のない夢」とは何であろう。

思うに。

鍵とは手段。

出るための方法だと思う。

"鍵のない夢"とは、出る方法が明確にわからない夢。

 

主人公が夢の中にいるような話である。

決して華やかなものではなく。

夢の中で身体が思うように動かないような、もどかしい夢なのだけれど。

 

「君本家の誘拐」において。

良枝にとっての鍵は何であったか?

夢の続きがどのようなものであったのか?

その分岐点の描き方が実に見事。

 

直木賞受賞も納得。

 

夢の中であなたの声を聞く。

あなたの声だけが、私を夢から覚ましてくれる。

あなたのためならなんでもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盲目的な恋と友情」〜主観はいつだって真実の正しい物語〜

恋と友情は人生を彩る。

とても美しく。

しかし、時に、狂おしく歪んだものになる。

恋と友情はいつだって人生の主役だが。

全てが美しい物語とは限らない。

 

「盲目的な恋と友情」

辻村深月

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あらすじを引用。

タカラジェンヌの母をもつ一瀬蘭花は自身の美貌に無自覚で、恋もまだ知らなかった。

だが、大学のオーケストラに指揮者として迎えられた茂実星近が、彼女の人生を一変させる。

茂実との恋愛に溺れる蘭花だったが、やがて彼の裏切りを知る。

五年間の激しい恋の衝撃的な終焉。

蘭花の友人・留利絵の目からその歳月を見つめたとき、また別の真実が―。

男女の、そして女友達の妄執を描き切る長編。

 

  

"恋と友情"

いわゆる少女漫画における二大巨塔。

お涙頂戴的なストーリーになるテーマであるが。

本作はあくまで、"盲目的"であり。

"盲目的"との言葉から滲みだす不穏な雰囲気に"恋と友情"が飲み込まれる。

なんであっても、"盲目的"であるとロクなことはない。 

 

構成は

第一部 恋

第二部 友情

との流れ。

 

同じ時間軸で時間が流れるため。

一つのストーリーを

①恋の主人公である一瀬蘭花の主観。

②友情の主人公である傘沼留利絵の主観。

でなぞる。

 

"盲目的である"二人が語る。

盲目的にのめり込んでいる人物の主観なんて、大本営発表みたいなもので当てにならない。

ただし、その主観を通してのみ私たちは物語を読む。

 

登場人物に感情移入する作品ではないと思う。

ただし、心の機微は丁寧に描かれる。

恋も友情も、誰しもが経験する事であり。

共感できる心理描写は所々に散りばめられている。

この辺りは辻村さんの作家としての特長である。

 

本作の魅力は主観が形成する物語の強さ。

主観とは、非常に不思議なもので。

個人にとって"主観はいつだって真実の正しい物語"である、と思う。

三者の目から見てどんなに歪んだ物語でさえ。

主観は"真実の正しい物語"に変えてしまう。

そこに危うさがある。

 

本作は

恋に溺れた一瀬蘭花の真実の正しい物語であり

友情に盲執した傘沼留利絵の真実の正しい物語でもある。

 

だから物語に力があり、読者は引き込まれる。

 

登場人物への感情移入はなく。

キレイな物語でもない。

だけど刺激的な作品である。

 

なお、本作のキーパーソンとして。

"美波"たる蘭花と留利絵の共通の知人が登場する。

美波は二人の主観によって描かれるわけだが。

物語の中で、蘭花と留利絵を写す鏡のような役割を果たす。

その構図が深みを生み出している。

 

 

「英雄の書」は"物語"の物語である。

"物語"

さまざまの事柄について話すこと。語り合うこと。また、その内容。

世の中には色々な物語があって。

悪しきも、逆も然り。

そして、人はどんな時だって物語を求める。

もしくは、物語を求めて生き続けた。

 

小説に限った事ではなく。

映画はもちろん、舞台だって物語だ。

寝る前、描く自分の未来だって物語。

それが美しいものであっても、邪悪なものであっても。

 

本作、「英雄の書」は"物語"の物語である。

つまり、人々が物語を求めるもの、である、との前提を踏まえた上での物語である。

 

「英雄の書 上下」

宮部みゆき

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あらすじを引用。

森崎友理子は小学五年生。

ある日、中学生の兄・大樹が同級生を殺傷し、失踪するという事件が起きた。兄の身を心配する妹は、彼の部屋で不思議な声を聞く。

「ヒロキは『エルムの書』に触れたため、“英雄”に憑かれてしまった」。

大叔父の別荘から彼が持ち出した赤い本がそう囁いていた。

友理子は兄を救い出すべくたった一人で、英雄が封印されていた“無名の地”へと果敢に旅立った。

 

ファンタジー作品。

宮部みゆきさんのファンタジー作品と言えば、否応無しに「ブレイブストーリー」を思い出す。

共通しているのは、RPGゲーム的な世界観、であろう。

これが好きか嫌いか?は個人によるのだけど。

(ちなみに僕は好き)

 

"世界観"たるものは小説を語る上で非常に重要になる。

 

僕自身は下記のように考える。

 

・その小説の"世界観"が好きならば。

・その小説を好きだ、と言って良いと思う。

 

小説とは、イメージの産物である。

描写を具体的にイメージする場合もあれば。

読んでいる最中に茫漠とイメージするものもある。

物語に没入する中で生まれる副産物のようなもの。

小説を手にしている時に自分自身が包まれる雰囲気、と言っても良い。

 

本たるものは、読み始めて、中盤に差し掛かれば。

本は書かれている文字だけではなく空気を纏い出す。

 

宮部みゆきさんの話に戻すと。

僕は、宮部みゆきさんの実に少年チックなRPGファンタジー感が好きで。

本作も楽しませていただいた。

小説の楽しみ方として、それもまた一興だと思う。

本屋に行くのは楽しい事です。

本屋に行くのは楽しい事です。

個々人の趣味に影響されるのは当たり前の話だが。

僕自身は本屋に行くのが楽しいと思うのです。

 

本屋に足を運ばない理由はインターネットの通販であろう。

この問題は本屋に限ることではない。

何を買うにしたって"足を運ぶ面倒さ"を感じたら終わりである。

正直、インターネット通販の便利さと言ったらない。

ただ、指先の操作だけで欲しいものが手に入る、のみならず。

価格も安くなる可能性が高い。

(人件費の問題だと思うが)

 

そもそも、いわゆるリアル店舗は必ず欲しいものがあるとは限らない。

本で例えるなら。

そもそも探すのが困難である。

文庫だとすると。

新潮文庫?文春文庫?集英社文庫

がわからないと、地図もなく知らない土地を歩くようなものだ。

しかも、確実にあるとは限らないので。

結局、どの出版社から発行されているかもわからずに終わる可能性がある。

 

インターネットであれば、有無が確実である。

なので利便性を考えたら、本屋は全滅しても特に困らぬ、との話になってしまう。

 

考えるべきは、"この利便性"、だと思う。

"利便性の罠"ってものは確かに存在すると思うので。

 

さて、目的の話をする。

"本を読む"ってのは、ざっくりといえば"人生を豊かにするもの"

ホラー、エッセイ、純文学、教養。

いずれのジャンルであっても、"人生を豊かにするもの"との目的は変わらず。

"人生を豊かにするために"本を購入するのであろう。

この点、どうあがいても不変。

不幸になるために本を求める人は簡単には見つからぬ。

(本に影響されすぎて、結果、誤った道に進んでしまう人はさておき)

 

"人生を豊かにする"

さて、手に入れるまでの喜びについて話をする。

 

この時点で結論が見えたかもしれない。

 

①インターネットで購入する本

②本屋で購入する本

③本屋をハシゴしてようやく見つけた本

どれが一番人生を豊かにするか?

まぁ、誰がどう考えても③である。

次点は②だと思うのである。

もちろん、①が一番楽、であるし、時間は有効活用できる。

 

時間の有効活用とは何なのか?

と考えた時。

結局は、時間を有効活用して人生を豊かにする、との結論に至る。

・・・

これって、堂々巡りで。

本屋に行かずに本を買って、時間を有効活用して?

その時間で人生を豊かにする何かをしよう!との流れ。

あれ?最初から本屋で買っていれば、手に入れる喜びで人生を豊かにできるのでは?

・・・

100%の同意は求めぬ。

ただ、同じ事を思う人はいると思う。

 

「猫鳴り」沼田まほかる

水中に沈められた文鎮のように。

心の中に残る。

異物として底に落ち、動かなくなる。

・・・

小説を読んだ感想である。

 

「猫鳴り」

沼田まほかる

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沼田まほかるさんの作品は「ユリゴゴロ」に続き、二作目。

 

冒頭の感想は「ユリゴゴロ」でも同種の事を感じた。

 

多くを語るには読んだ冊数が少ないが。

沼田まほかるさんの小説は異物感がある。

決して、気持ちの良い小説ではない。

(※2作品しか読んでません)

それが、"水中に沈められた文鎮"のイメージに重なる。

たった今読んだものが、たしかに、存在としてそこにある、感覚。 

 

僕は

・娯楽としての読書

・教養としての読書

も好きである。

 

ただ、本作はその類ではなく。

読んだ体験が残る読書である。 

 

あらすじを引用 

ようやく授かった子供を流産し、哀しみとともに暮らす中年夫婦のもとに一匹の仔猫が現れた。

モンと名付けられた猫は、飼い主の夫婦や心に闇を抱えた少年に対して、不思議な存在感で寄り添う。

まるで、すべてを見透かしているかのように。

そして20年の歳月が過ぎ、モンは最期の日々を迎えていた…。

「死」を厳かに受けいれ、命の限り生きる姿に熱いものがこみあげる。

 

猫が登場する話。

猫を飼った人の感動ストーリーかな、と思いつつ読み始めたが。

決してそんな事はない。

 

冒頭。

仔猫の"モン"を何度も何度も棄てる所からストーリーが始まる。

いや、モンは棄て猫であるので、元に戻す、との表現が正しいか。

 

家で鳴いている仔猫に気づいた主人公。

猫を飼いはじめるのではなく、鳴き声が聞こえないような所まで棄てにいく。

 

そこから先。

いや、このタイミングでまた棄てる??と思う場面が何度も続く。

解説も同じような事が書かれており。

「飼ってやればいいじゃないかよ」

と誰もが思う。

 

この辺りの描写で通常の猫小説とは明らかに一線を画するな、と気づく。

無論、最終的には飼われるのだが。

そこに至るまでの、生命を感じさせる描写、展開が実に力強い。

そして、リアルさがある。

第三部の老猫となった"モン"の描かれ方で更に克明なものとなる。

本作の魅力はそこにあり、故に、心に残るのだ。

 

本作は、一匹の猫を軸に生と死の際を見事に描いている。

そこにあるのは、綺麗事に修飾されぬ生命としての力。

決して、美しい描写が続く小説ではない。

だが、何度も言うが、心に残る小説である。

生命に備わっている"生きようとする意志"

そして、その煌き。

そこには人の心を動かすものがあるように思う。

 

「悲嘆の門」

宮部みゆきさんは"優れたストーリーテラー"である。

 

ストーリーテラー

話のじょうずな人。

特に、筋の運びのおもしろさで読者をひきつける小説家。

 

先を読まずにはいられない作品を次々と生み出す。

高校時代に図書館で宮部みゆきさんの作品を片っ端から借りた。

僕の読書ライフの礎をせっせと築いてくれた作家さんの一人である。

 

さて、何が面白いのか?との話になるが。

"優れたストーリーテラー"

に戻る。

ストーリーに惹きつけられる、との表現がピッタリくるか。

率直に、次を読みたくなる、のである。

これほど素直な褒め言葉はない。

 

なお、僕の中ではストーリーテラーとして

恩田陸さん

東野圭吾さん

を同じく評価している。

 

恩田陸さんはより物語感を強く。

東野圭吾さんはよりドラマティックに。

 

どちらにせよ、共通して、作品にハズレがない、と思う。

 

なお、以下、批判ではないのだが。

(そこらへんも含めて僕は二人の作家が好き)

恩田陸さんは伏線をばら撒いて全く回収しないパターンがあったり。

東野圭吾さんはドラマティックを狙いすぎて少々クサイ感じになったり。

ツッコミどころをふりまいているのに対し・・・

 

宮部みゆきさんは最もバランスが良いイメージ。

 

あえていうなら、現代もの、ファンタジー、時代ものと、異なるジャンルに対して好き嫌いはあると思うが。

 

今回読んだのが、「悲嘆の門」である。

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あらすじを引用。

 

インターネット上に溢れる情報の中で、法律に抵触するものや犯罪に結びつくものを監視し、調査するサイバー・パトロール会社「クマー」。

大学一年生の三島孝太郎は、先輩の真岐に誘われ、五カ月前からアルバイトを始めたが、ある日、全国で起きる不可解な殺人事件の監視チームに入るよう命じられる。

その矢先、同僚の大学生が行方不明になり…。

“言葉”と“物語”の根源を問う、圧倒的大作長編。

 

辛口コメントを残すなら。

少々、散らばった印象はあり。

 

現代を舞台にした小説かと思いきや、実はファンタジー。 

僕は現代モノだと思い込んでいたので、ファンタジー要素はいきなりのルール変更。

寝耳に水。

どっちかに絞っても良かったのでは?とはネット上のレビューでも多く見られたコメント。 

 

ただ、その点を除けば。

宮部みゆきさんの作家としての力に感服。

読もうと思う気持ちの止まらない事。

物語の推進力が強い事。

 

表現するならば・・・

ジェットコースターのように危うさを伴う推進力ではなく。

舗装された道路をトヨタのハイブリット車がすぅーっと進んでいくような気持ちの良い推進力、である。

物語に読者をうまく乗せていく。

宮部みゆきさんが優れたストーリーテラーと評される所以であろう。

 

なお、本作について。

僕個人の好みによると、ファンタジー要素なら「ブレイブストーリー」だし。

現代のミステリー要素なら「理由」「火車」の方が印象に残る。

ただ、「悲嘆の門」が、やっぱりこの人は面白いや、と唸らせる作品であるのは間違いない。

作品というより、久々に宮部みゆきさんの作品を読んだなぁ、との感想を抱いた。